霧夜#4 お仕事と言うものについて考えてみよう

はい、今まで「アメリカ人の考え方が宇宙のどこでもすぐに通用する」と勘違いしているエホバの証人のやり方が日本で色々な不幸を生み出しているのではないかと言う持論の内訳を、自分が知らぬ間に体を張ってしまった具体例を含めて書いてきましたわけです。


じゃあその辺を何とかできたとして、あるいは今までのエホバの証人がらみの縁を切ったりして、社会復帰しようとするとお仕事のことを考えなきゃなりませんね。

ひきこもっているとジワジワと破滅を待つだけです。

なのでそれではどんな仕事をやるのが一番いいのか、どういう目標を持てばいいのかここで考えてみましょうか。

ルカ14:28~30にある、「例えば塔を建てたいと思った時にはちゃんとそれができるか考えるもんだろJK」っていうアレです。

…とここまで書いておいてなんなのですが、僕は企業内高校に入ってその後も色々ありはしたものの、なんだかんだで今の会社にしがみついてきてバイトも生まれてこのかた一切せずに残ってきてしまったので、外の世界について無知な事を言っているかもしれません。

が、それでも会社の中で仕事内容が大幅に変わったりすることはあったし、「会社の外にはもっといい条件の仕事があるかもしれない」と思って「仕事を辞めたい」と話をしたことが何度もあるくらいなので、少なくともある程度は参考になるんじゃないかと思ってここに記しておきます。


改めて、それではどんな仕事をやりたいと皆様思うでしょうが?

そりゃあ、給料が良くて自分の時間が沢山確保できて、体力を使わない汚れない、人間関係も面倒くさくない仕事でなおかつ誰かの役に立つ仕事だといいなーと思うわけですけどね。

上記の条件を考えつつ結論から言うと…結局は工場勤めの生産ラインでの流れ作業がコストパフォーマンスが良いような気がするんですよね。

言い換えると、コスパを度外視して、何かしらのリスクを受け入れてでも何か抜きんでたものが欲しいなと思ったらもうちょっと色々考えた方が良いかなとも思います。


というわけでなのですが、分かりやすいのが「イラストレーターとか小説家とか作曲家とか芸能人とかユーチューバーになりたい」とか考えたりするわけですよね、ええ似たようなことを自分も結構考えました。

要は何かを創作して、他の人に娯楽を提供する「クリエイティブ」な仕事ですね。

これについて、趣味やお小遣い稼ぎのレベルで取り組んでいるのだったら「おお!すごいですね!僕も一つ発注しちゃおうかな?」なんて思うんですけど、こういうので食っていこうという話になると、ちょっと覚えておいた方が良いことがあるので教えておきますよ。

というのもですね、ある日から僕、個人的な趣味でインターネットのPixivっていう画像サイトで集めた画像を絵師さん別にフォルダに分けて、2年ほど経ったある日思い立って集計してみたのが以下ですよ。


収集期間:2015/8/18~2018/12/13

収集場所:Pixiv

ファイル数:38958

フォルダ数:1155

サイズ:約1.8GB


ここで大事なのは「フォルダ数」、このフォルダ数がそのまま僕の目に触れた作品を作った絵師さんの数なんですよ、つまり2年ちょいで1000人以上の絵師さんの作品に触れたというわけなんですよ。

もちろんここまでに来る間にも、技術が発展途上の絵師さんも無数におりました。

何が言いたいかと言うと、絵描きさんは既にこの時点で供 給 過 剰、こうなるとどんなに技術を持っていても、その技術を目に留めてくれる事もなく多数の同業者に埋もれて忘れ去られている絵師も無数にいるはずです。

これをイメージを描くと以下の図1です。



類推してその他娯楽を提供する商売というものは競争が激しすぎて人の目に留まること自体が困難になり、結果的に技術だけでのし上がっていくのが困難であろうと推測できます。

たまに「芸能界は枕営業」なんて話を聞きますけど、上記を踏まえて考えるとその真偽はさておき「枕営業だろうと何だろうとどんなに汚い手を使ってでも業界の権力者に取り入ってのし上がってやる!!!」という覚悟と執念を持った奴が圧倒的に有利であろうことは想像に難くありませんし、こうなると何をやれば清く正しくのし上がっていけるのか皆目見当もつきません。

無論、このリスクを受け入れて飛び込んで、大当たりすれば多くの称賛と羨望の眼差しを向けられるんでしょうけど、こういうギスギスしてそうなところをのし上がっていく精神力があるか、あるいはまだ誰も開拓していない競争の少ない領域の先駆けになれるような機転や運を持ち合わせているか、そういう自分自身の能力と相談しつつ身のふりを考えた方が良いのではないでしょうかと思う次第です。


次に研究とか技術開発みたいなお仕事。

「プロジェクトX」みたいなお話もあるしこれも華やかな印象がありますね。

趣味でロボットを作ったりしてましたからずっと憧れてましたよ僕。

そして、僕も生産ラインや検査のお仕事を経て、ついに夢見ていた念願のこのようなお仕事にありつくことができたのですが結構ギャンブルな商売ですねこれ!!!

落ち着いて考えれば「成功したら皆の称賛を受ける」という意味では上記の娯楽を提供する仕事と似てる部分があるわけです…。

具体的に何が大変なのかと聞かれれば、生産ラインにいた頃は「何をやればいいかが最初から決まっている」のに対し、研究開発のお仕事って「何をやればいいかを探す」お仕事なわけですよ。

つまり「いつまでたっても何をやればいいのか分からない」という問題が発生することが往々にしてあるというわけですね。

で、そんな状況の中、会社の上層部からは何百万とか何千万とかの予算をどっさり背負わされて、早く結果を出せという凄まじいプレッシャーが来るわけです。

こんな状態ですから、家に帰っても布団に入っても「やばい…このままずっとうまくいかなかったらどうしよう…」と仕事に関する不安で頭がいっぱいになり、よほどの無責任な人か気分転換が得意な人でなければ自分の自由時間などありません

さらに関連部署とのやりとりも明らかに増えてます、例えば開発したい道具の材料を欲しいなら注文書をつくって発注をかけてくれる部署に話をしにいくとか、できあがった試作品を工場に設置してテストするならば設置部署にそれをお願いするとか、他人とのやりとりが生産ラインや検査にいた時より圧倒的に増えてます。


つまりですね、上記のようなお仕事をやるときは技術や知識だけでなく他にも機転とか運とかを持ち合わせておきたいわけですよ。

その場合伝道の書11:6を肝に銘じて、いつ成功するか分からないから努力を続けていきましょう、そしてその文章から推測してほしいのですが、うまくいくきっかけが掴めるまでは自分の自由時間は期待しない方が良いです


一方で生産ラインで流れ作業をしているとどうでしょう。

伝道の書2:26にある、善良な者にただ与えるための「集めたり寄せ集めたりする、むなしい風を追うような(要は面白くない苦痛の多い)仕事」でしょうか?

具体的に大変な所としてはいわゆるキツイ・汚い・危険のイメージがあるでしょう。

物を運んだり重たい道具を使ったりしますからキツイかもしれませんね。

多くの場合作業着など服装が夏場でも重装備で、服があっという間に真っ黒に汚れることもあるでしょうし、あるいは外側から見て服が汚れていなくても中が汗でベトベトなんてこともありがちです。

そしてうっかりしてると人体をたやすくひねりつぶす機械が周囲に沢山ありますから危険です。

上記は必ずしも間違いじゃありません。


ですがリスクとリターンは表裏一体、最初に述べた華やかなイメージのクリエイティブなお仕事に比べれば、何をやるべきなのかはっきり決まっています

お仕事を教わった後はあまり他人と話さずに仕事ができますからコミュ障だと自認する人でも働けるでしょう。

そして今一番痛感しているのが、よほどの失敗でも犯さない限り、仕事の時間以外は仕事のことを考えないで遊んだり寝れます、会社で残業や飲み会につきあったとしてもお釣りが来ます。

しかも確実に世の中の役に立ちます、普段あなたがお店で買っている品物の多くは生産ラインで黙々と働いて作っている人たちのおかげでそこにあることを忘れてはいけません

おまけに夜勤がある職場であった場合、深夜の手当てがつく上に、どんなに残業しても反対直が来れば帰れます。


これをまとめて図2にしてみました。



ここまで書いておいてアレですが、上記は少々極端な話であって例外の事態が起こることもたびたびあります。

が、そうであったとしても少なくとも今の仕事に比べれば全然マシな点ということは間違いありません。


なので上記のうちのリスクの部分に「慣れ」と言う点を加味して考えた場合、とびぬけてすごいところはないかもしれないけれど、いっぽうで必ずしもコスパは決して悪くないと思うんですよ。

自分に合った仕事を探すだけでなく、自分が目の前にある仕事に合わせる努力があれば、より色々なことができるようにできるはず。

こうして罪人に与えられるむなしい風を追うような仕事も、知恵と知識があれば善良な人向けの歓ぶべきものに早変わりと言うわけです!

そして我々は空いた時間で好きな事をして、「食べたり飲んだり、自分の骨折りによって魂に良いものを見させる」ことができるわけです(伝道の書2:24)。


というわけで、いかがでしょうかね。

要は自分を含めた世の中の人たち、ライン作業の良さを他と比べられることができないせいで過小評価されてるんじゃないかと思うんですよね。


なお稼ぎについては…僕が大手の自動車工場に18歳から入ってその頃が、たしか年収400万円台、何年かライン作業や検査をやっていって徐々に上がってきて、現在年収が約500万円ってところです。

それでなんですけど、後から入ってきて正社員になった人…例えば景気が上向いているときに期間工として入ってきて、他の人に遅れをとることなく働いて、正社員登用試験で正社員になっている人もけっこういますから、それに準ずるくらいの稼ぎはいけるんじゃないでしょうか。

もしそれの上を目指したいと思ったら、より多くのリスクを覚悟の上で色々な挑戦してみるのが良いかと思います。

あるいは自由を愛して色々な流れ作業を渡り歩くのも、本人が納得しているのならばそれはそれでまた生き方としてはアリでしょう。

なお、こういう会社だとそれ以上稼ごうと思っても、ひたすら仕事に時間を回す事は労働組合から突っ込みが入るために難しくなってくることもあるでしょうからその辺は考慮に入れておきましょう。


そして上述の通り今の会社から出たことがない僕は営業や運送といった他の分野についてはまったく想像もつきませんが、恐らくそう言う業界でも「あんまり華やかでない仕事がトータルで見ると立派でコスパの良い仕事」なんじゃないかなと思うのですがいかがでしょうかね?


あっ、あと大きな工場の近くには巨大な繁華街がありますね。

水商売とか風俗とかああいうのが林立しているアレです。

これもライン作業と同じように世間であまり良いイメージが持たれていませんけど、あれも必ずしも悪いところばかりの商売だとは思ってませんよ。

生きているうちに精神を病んだりして、下品で嫌味で喧嘩腰な愚痴に反論せずに会話に付き合ってくれる人っていうと、料金を払ったうえでお話を聞いてくれるカウンセラーか、そうでなければこういう店しかないわけですよ。

箴言7:5~23のエピソードで若者が邪悪な娼婦に連れていかれる話がありますけど、今読むと誘惑された若者について「辛かったんだね苦しかったんだね誰かに構ってほしかったんだねあの娼婦の強情さが誰かを救ってしまう事もあるよね」って思ってしまうんですよ。


…こんなことを考えるようになっちゃったのはですね、前の話で書きました理由により仕事があまりにも評価されない事もあり「自分の頭がおかしいのかな」と思って精神科に行ったら統合失調症の診断もらって、恐らく健康体なのに統合失調症の薬を飲まされてえらいことになったんですよ。

どんな風になっちゃったかと言うと四六時中不安でしょうがなくて、何かを判断するどころか呼吸する事自体が面倒臭くなってるのを無理やり動かして仕事して、医者が「薬を飲み続けないいともっと悪くなるよ」と脅してくるのに対して副作用に耐えかねてその言葉を無視して断薬したら元に戻ったんですけどね、その精神科医の言う事を信じて薬を飲んでいた時が人生の中で一番しんどかったです、ある意味エホバの証人の集会に熱心に通っていた時代よりキツかった…。

で、そんな人生のどん底と感じている時に、たとえ心の中で僕の事をどう思っていようとも「お前なんかよりも大変な人間なんて沢山いるんだ」などと絶対に言わずに話し相手になってくれる人というものがどれくらいありがたいことかを考えると、繁華街で水商売とか風俗のお仕事をやっている人を蔑む気にはとてもなれないのですよ。

別に話をして何かが起こるわけではないのだけれど、ただ話をしてくれるだけでありがたかったのです。

…それくらい、あのベンゾジアゼピン系抗不安剤って言うのの副作用は恐ろしいです…飲み始めた最初の頃はものすごいハイな気分になってたんですけど、しばらくしたらいくら飲んでも不安でしょうがなくなって年中泣いておりました…もちろん「素人判断の断薬はイカン」と言う人がいますからここで「お前もクスリ止めたら?」とは言わないでおきますけど、この件で僕はもう精神科医を信用しませんよ。


脱線した話を戻しましょう、ともかく人間は不完全で自分の気づかないところで罪を犯すと言いますけど、同時に自分が気づかないところで良い事をやっていることも結構あるものだと思って、今の境遇が仮にどんなものであっても悲観的にならずに前向きに未来を目指せばよいのではないでしょうか?


あっ、でも念のために書いておきますと上記の箴言7章の若者が身に破滅を招く話が間違ったことを書いているとも思ってませんよ。

その薬の副作用があまりにもひどかった分、辛い時に構ってくれたお礼をしなきゃと思って「自分のお店を作る夢がある」と言う店のお姉ちゃんの話に対してお店の料金と別でトータルで50万くらい貢ぎましたけど何年たっても「家族を助けたい」だの「友達を助けたい」だのと言い続けては金をせびろうとして、僕の方も断薬して薬の副作用がほぼ無くなったことと「このままだとお互いのためにならない」と思い立った事もありサヨナラすることにしました。

…教訓としては、人のやさしさや好意や親切をアテにして成長しない、餌付けした野良猫みたいになっている人を何とかするためというのが、「懲らしめのむち棒」の本来の使い道なのかなと思いました。


えー、いかがでしょうか。

特に後半の話が理解できない人、それはそのあたりの人生の躓きがなかったという点についてはとっても幸運な方です。

理解できないのであれば、まともな商売だと世間で思われているカウンセラーという職業の人に気軽に皆が相談できるような世界を作る方向で頑張ってみてはいかがでしょうか。

カウンセラーが増えれば…いずれは工場の近くにネオンチューブの文字で書かれた看板のカウンセラーの施設が乱立しそうな気がしますけどね。

ロジャースとか言う学者がカウンセラーの何たるかを語るよりもずっと前に、あるようになったものってのは、ずっと前からあるものだと思うわけですよ(伝道の書1:9~10)。


話の後ろが脱線気味ですがお仕事についての経験や思っている事について書きました。

また二週間後にこちらの都合に問題なければ、もう少しお仕事の事で書いてみようかなと思っています。






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