top of page

統一教会の一日 その4

更新日:2020年5月13日




ひとは、存在感を消そうとする時、目線を少し下に落とし、無表情になる。僕もその両方をしていた。


つまり、あからさまに「存在感を消そうとしてるオーラ」が漂っており、言わば、「存在感を消そうとしているという存在感」が、体から、ギンギラギンに放出されていたのである。

目線のさきには、錆びたパイプ椅子があった。


選ばないでくれ。僕は心のなかで祈った。代表祈祷をしたくないと祈ったのである。意味がわからない。



そして選ばれた。



落ち着いた声が、僕のフルネームを呼んだ。進行役のヒョンもいじわるだ。

優しい顔した鬼だ。あらためて見るとこいつ、目の奥が笑ってない気がしなくもない

そして、ゆっくりと席を立ち、講壇につく。一面に広がっいる芋畑を見ながら、かるく息を吸う。



「お祈りします。」目を瞑った。芋達も目を瞑る。「天のお父様、真の御父母様…」



お祈りでは、おもにjr.選抜のことを話した。愛する兄弟姉妹が頑張っているとか、神様の御旨には届かない私達でありますが等の、ありきたりな言葉を、口から出任せでしゃべる。


心にも想ってないことを、その場しのぎのように。実家に住んでいる、学生のうちはしょうがないと、頭では納得していても、やはり虚しい気分になってくる。どこかの違う生活が恋しくなるのだ。


「この祈りを、祝福中心家庭○○の息子、△△によってご報告いたします。アージュ。」お祈りを終えると、周りも次いで言った。「アージュ。」


そそくさと席に戻ると、個人祈祷が始まって、周りが一声に喋りだした。声の大きいもの、小さいもの。この中には、僕のように、信仰のない人も居るのだろうか。ふと、そんなことを思う。


もし居たとしたら、どうにか話してみたい気もするが、万一のことを考えると、そんな気もすぐ失せてしまった。


個人祈祷が終わっても、僕の気持ちは虚しいままだった。成和部長が何か話しているが、何もかもがモノクロで、音がなく、まるで昔のサイレント映画を見ているような、そんな気がした。


そして僕は、礼拝が終わると、エレベーターも使わず、人気の少ない階段から、一目散に降りていくのであった。


(完)


外部リンク hatena blog 『天の父母様教団』



炭酸水




閲覧数:376回

最新記事

すべて表示

宗教二世という言葉を知ったのは数年前。 今、50代です。 大慈会という宗教団体を脱退したのは30年以上前になります。 私は宗教三世です。 青年部という場所に中学生の頃から入らされていました。 まともに反抗期もないような子で、どんなことも逆らうことをしませんでしたが、その頃から少しずつ会に携わる人たちの言動や行動に対して疑問は増えていったと思います。 高校生の時に勧誘活動をさせられるようになり、自分

私は旧 統一教会(現 家庭連合)の祝福二世です。 親は現役の信者ですが、私自身に信仰はありません。 いまは親と離れて暮らしていますが、親の老後に使われるべきお金を献金としてかき集める教会のやり方に納得ができず、少しでも献金を食い止めたいと考えています。 そのことについて霊感商法等対応ダイヤルに相談したところ日弁連の弁護士さんを紹介して頂き、そこで今後の献金を防止する方法を二つ教えてもらいましたので

bottom of page