もう既に人が集まっていた。
礼拝堂では、いつものように、聖歌2番の「聖苑の恵み」ピアノverが、ちょうどいい音量で流れている。
俺は耳が聴こえることを後悔しながら、男女でわかれたパイプ椅子の中央を歩く。
そして教祖の写真に一礼して振り向くと、そこから見て一番目立たない場所、つまり礼拝の進行役から目をつけられなさそうな席を瞬時にさがした。
一番右の、前から二番目の席に腰をおろすと、ちょうど礼拝が始まる頃らしく、ヒョンがみんなの前に立っていた。それを察して全員が前を向く。
「お元気様でえええす!!!」
ヒョンが大きく息を吸ったあと喋りだす。叫んだといった方がしっくりくるかもしれない。
俺は耳が聴こえることを後悔しながら、周囲にあわせて返事を返す。「お元気様でえええす!!!」
青年部の人間は参加してないが、先日jr.STFの選抜があったらしく、今日の礼拝の前半では、その映像を見るらしい。僕ももちろん、以前この選抜を受けたことがあるが、正直いってこの選抜はクソである。
選抜の内容は主に、「ラン」「原理テスト」「面接」の3つ。
そして、この中のランというのは(run)、すなわち走ることなんだけど、僕が中一の頃は、その走る距離が、なんと21キロもあった。ハーフマラソン。しかも練習なし。足がもげるかとおもった。
そしてなぜか、翌日はレクリエーションでサッカーをするという鬼畜っぷりである。サッカーでは、動けなくなってるおいらにボールが回ってきてしまった。なぜ俺に渡すのか。脚がバキバキで走れないので、一刻でもはやくだれかにパスしなけらばならない。そう思っていると、目の前からゴリラみたいな女の班長が、ボールをめがけて走ってきた。ゴリラは昨日のランには参加していないのだ。そして俺はゴリラにタックルでふっとばされ芝生に叩きつけられた。地面を這いながら、朦朧とする意識のなかで敵のゴリラを探す。するとゴリラはそのままボールを追いかけ、目の前から姿を消した。
おいらは、命拾いした安心と同時に、
冷たい息を吐き天一国へと旅立っていった…
話がずれた。jr.STF選抜の映像を見たということだったが、正直にいうと寝てしまったので内容はまったくわからない。その後のシェアリングでは『前に話した人達の感想を部分部分組み合わせて自分の意見として話す。』という高等テクニックでどうにか乗り切った。
ふたたび席を直し、男女でわかれて座る。
後半はいつもどうり、統一原理を学ぶ"原理講義"が行われた。青年部では基本的に毎週行われる。おそらく祝福の準備のためだろう。 原理講義が始まると、『原理チャート』と呼ばれるスライドが写しだされ、まえに立っている細いフレームの眼鏡がそれを指しながら熱弁する。“サタン”、“真の愛”、“復帰摂理”、数々のパワーワードが流れ、全員がそれにしんけんに耳を傾ける。そしておいらは思った。
「ここにいる女の子みんな処女なかあ。」
そしてもちろん僕もその教育を受けており、その面影は、信仰が1ミクロンも無くなった現在でも、性癖に影を落としている。つまり処女厨。
だが、やはりそれも、常識の範囲内の話であって、厳しく審査すれば九割八分がブスの部類にはいるこの芋畑では、他の男とセックスしたことがあるかないかなど、点で興味が無いのが本音である。
原理講義が終わると最後に、みんな大好き、お祈りの時間が始まった。まず始めに全体のお祈りがあるので、進行役の人間が誰かを指名し、指名された人が代表祈祷をする。
最初に目立たない席を探したのはこのためである。
炭酸水
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