「テンノマコキマスゥ」
祭壇に頭をさげたと同時に、足元のかばんを掴み、頭をあげながら玄関に向かう。
ここまで無意識だ。
ちなみに、「テンノマコキマスゥ」とは、「天のお父様、真のご父母様、いってきます。」の略(?)である。
十八年間も外出するたんびに、この呪文のような長い挨拶をしていたら、いつの間にか「天のお父様、真のご父母様。いってきます。」を若干0.3秒で言えるようになった。
これはエミネムのラップのようなもので、早口すぎて観客は聞き取れないかもしれないが、スロー再生すれば僕がちゃんと喋っているのがわかるだろう。日々の積み重ねである。
しかし、信仰の無い、おいらみたいな者にとって、外出や帰宅のたんびに、教祖の写真を幾日も見続けるというのは、とても、とは言わないが、少々苦痛である。というよりムカついてくる。
しかも「真のご父母様」という言葉からも分かるように、その写真に写ってるのは二人組であり、したがってイライラも二倍になるわけだ。これは精神衛生上よくない。でも人間不思議なもんで、ずっと繰り返していると、段々となんとも思わなくなってくるもんだ。だけどさすがにそのドレスの色はないわ。黄色すぎだろ。まあドレスの色は百歩譲ったとして、そのパンチパーマみたいな髪型はなんなんだ。毛量やば。少し隣のじいさんに分けてあげたい。じいさんとばあさんの毛量を足して二で割ったらちょうど良さそう。
ドアを開け、アパートの階段をおりたら、オートバイにエンジンをつける。メーターはEを指していた。
「途中ガソスタよるか。」
僕がのってるセロー225は、壊れかけてたとこを近くのバイク屋から12万で買い、自分で少しずつ治していったものだ。最近はキャブがイカれてるせいか、ハイオクを入れないと調子がでない。僕の高校時代のバイト代はほとんど、車と二輪の免許、それからこのバイクに吸われてしまっている。万年金欠。
それにしてもだるい。他の土地の教会では違うらしいが、僕の地元では高校三年生からは、“青年部”という枠に入り、礼拝の時間が土曜日の夕方からおこなわれるようになった。
それゆえ、この時間にひとりで教会に行かされることとなり、毎週片道50分ほどかけて行きたくもない礼拝に出席している。
まあ、運転するのは好きだし、途中ではお気に入りの場所で、ボーッ。と休憩したりできるのでそれ自体はあんがい良いことかもしれない。
バイクを走らせる。途中給油所によると、見覚えのある顔がいた。
クラスメイトのゆうせいだ。ここでバイトしてるのか。
完全に気を抜いていた所に、不意打ちされたような気分になりながらも、目があったので、「おう。」とだけ言う。すると「どこか行くの?」とニヤニヤしながら言ってくるのでなんだか気色悪くなった。こいつはいつもヘラヘラしてる。余りにもヘラヘラしてるので、以前「なんでそんないつもヘラヘラしてんの?」と聞いたことがあるが、その時もヘラヘラしながら「してないし~」と否定してた。そのぐらいヘラヘラしたやつだ。
「俺が今火着けたらどうする?」となんと無しに言ってみる。やっぱりヘラヘラするだけだった。キャップを閉めて「がんばって」と言い、エンジンをかけようとする。
すると「ちょっと待って。」と何かを渡してくる。「これ割引券。」
割引券を多めにくれた。「いいの?ありがと助かるわ」
あんがい良いやつかもしれない。ヘラヘラしてるとかいってごめん。
教会に向かう。
炭酸水
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