私を救ってくれたのはエホバでも親でもなく「世の人」だった話 前編

私は祖母、母がエホバの証人の3世。

私は生まれてすぐから集会(※1)に連れていかれた。しかし、1回2時間の長い聖書の話を幼い子供がおとなしく座って聞いていられるだろうか?

多くのエホバの証人2世以降の信者がそうだったように、集会中にぐずったり、よそごとをしたりするとトイレに連れていかれ、おしりを叩かれた。

また集会以外でも、教えに反するような言動、行動をしてしまい、「なんでこんなことしたの」と聞かれて子どもなりの拙い言葉で「だって…」と答えようとすると「だってじゃない!」と叩かれた。

現在では推奨されていないが少なくとも私が幼い頃までは「親は子どもに愛ある懲らしめ(体罰、鞭)をするように」という教義により、エホバの証人の間では体罰が横行していたのだ。過去にはエホバの証人の子どもへの体罰による死亡例もある。


そして私は次第にスイッチが入ると豹変する母に恐怖を感じるようになり、叩かれないようにするために母の求める「いい子」になった。

しかしそれと引き換えに私は何をするにも常に母の顔色を伺うようになり、自分の本当の気持ちが言えなくなっていった。母からぴりついた空気を感じると、必死にお手伝いをしたり、聖書を読む姿を見せたりして機嫌を取った。

これは大きくなってから聞いた話だが、会衆(※2)の人から見ても、幼い私が母の前で萎縮していることがはっきりわかったらしい。


「親が世界の全て」である幼いうちは、親の宗教は子どもにとっても当たり前のもので疑う余地もないだろう。しかし、小学校、中学校と年齢が上がっていき、信者でない人との関係ができてくると自分の親の宗教がおかしいということに気づき始める。

私は中学生に上がる頃には、家族の前では集会で挙手し、奉仕に出る模範的な娘を演じ、学校では生徒会選挙に投票し、柔道の授業に参加する"裏表"のある生活を送るようになった。

普通の子になりたい気持ちと親を前にするとそうできない葛藤に、少しずつ精神は消耗し病んでいき、集会に出ると息ができなくなったり、トイレから出られなくなったりすることが増えていった。


高校2年生になった頃、中学の同級生から告白され、付き合うことになった。

まじめで少し風変わりな彼は、付き合って数週間経った頃、「今までどんな人生だったか教えて」と言った。そんなこと聞くなんて変わってるなぁ、と思ったが、この人になら話してもいいかも、と思い切って自分の親がエホバの証人だと話した。彼はごくあっさりと「ああ、あそこに建物あるよね」と言った。否定でも肯定でも拒否でもない答えに拍子抜けしたが、この人なら安心だと思った。

それからは待ち合わせをして一緒に帰ったり、テスト勉強をしたりと”普通の高校生”らしい交際を続けた。


※1集会:エホバの証人の集まりで、1回1時間半~2時間聖書の話を聞いたり討議をしたりする。現在は週2回行われている

※2会衆:地域ごとにある、50~70人程度のエホバの証人のグループ



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