宗教依存家庭出身の私が、一般社会人になるまで

最終更新: 2020年5月6日

初めに

この記事は、宗教とのかかわり方を主軸に、私の半生をまとめたものです。

宗教二世問題=カルト信者問題と思われる方も多いかもしれませんが、私は世界三大宗教の信仰家庭で宗教依存が強く生き辛さを抱えてしまう状態でした。

カルトでない二世の一例としてお読みいただけますと幸いです。





宗教二世の私が、違和感に気づくまで

はじめまして。

初めて記事を上げさせていただきます、「 えむ 」と申します。

某宗教の信者家庭で生まれ、物心つく前から宗教施設に通っていました。

今は宗教からは離れ、普通の会社に通っている社会人です。

私は子供の頃から、人と違うことが多く内気な性格だったためか、仲間外れや不登校を何度も経験しています。


そんな私でしたが、幸運なことに宗教施設には幼馴染が何人かいて、一週間分の笑顔をそこで発散させることで自分を保っていました。周りの大人も優しく、施設で歌うことも大好きで、表面的には幸せな信仰生活を歩んだように思います。

高校受験の年、私はようやくクラスに友人ができ、不登校を繰り返したことによる勉強の遅れを取り戻そうとするところでした。知り合いのつてで家庭教師もつけてもらい、勉強に励むと共に、私は大きく2つのことに気づいてしまいました。



①世間の人は敵ではない。


私の宗教は迫害の歴史が伝承として多く残っており、私が学校で上手くいかないのもそのせいだと思い込んでいました。しかし勇気を出して仲良くなってみると、みんな普通に接してくれ、偏見を持っていたのは私の方なのではないかと恥じるようになりました。



②私の母は何かおかしい。


うちの母は、先生が勉強を教えに来ているだけなのに、過剰に宗教のことで説き伏せようとすることが何度もありました。

しまいには先生を犯罪者呼ばわりする状態にまで陥り、私は授業を受けることを断念せざるを得なくなりました。



以上のことから、ここにきて今まで抱いていた違和感が爆発しました。

「おかしいのはうちの家や宗教そのものではないか」と考えるようになり、宗教からの脱出を心に誓いました。




宗教からの脱出

幸い私の通っていた宗教施設にはカルトというほどの深刻さはなかったものの、宗教施設に家計ごと依存していた私の家庭では、猛反発を買うことは避けられませんでした。

毎日のように起こる家庭内宗教戦争のような喧嘩の数々。

悟ったのは「この人たちに許しを得ようとしても無駄」ということでした。

私が選んだのは、「これ以上の恩をなるべく受けずに、後からうるさく言われないようにする」こと。

私は高校卒業後の進路を土日祝勤務必須の接客業に進むことを決定しました。

金銭的に大学進学も厳しかった家庭だったので、意外にも私の就職はすんなりと受け入れられました。

環境は意外にも早く手に入ったのです。

しかし、私に待ち受けていたのは、圧倒的な対人能力の低さ、一般知識の無さでした。テレビやネットからの情報に疎かった上、今でいう「放置子」状態だった私なので「そんなこともわからないのか」と言われることが多々あり、すり減っていくような日々を過ごしました。

当時から現在まで約10年。

今まで信じてきたものから離れた私は、毎日人からの評価ばかり気にし過ぎ、適応障害になった期間もありました。

転職回数も多く、在職期間についてはどの仕事も3年にも届きません。

ですが今は、ようやく安定した暮らしを手に入れることができました。

これからも大変でしょうし、冠婚葬祭等で親の信仰と向き合わなければいけないときも出てくると思います。

今は、親の信仰も、私の自由もどちらも認め合いながら関係を再構築することが当面の目標です。




ここまで読んでいただきありがとうございました。

最後に、私が自分によく言い聞かせている言葉を皆様に贈りたいと思います。

「私の人生は大人になってから始まった。できないことがあって当たり前。今から覚えていけばいい」

皆さんも、何物にも縛られない自分の人生を歩めますように。


えむ



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