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信仰を持てなかった信仰2世の苦悩(井田雫)

更新日:2023年2月23日

統一教会の2世の呼び名について

すでに知られているとは思うが、統一教会には「祝福2世」と「信仰2世」(3世以上もいるが便宜上2世と表現する)がいる。

私は「信仰2世」の立場になる。


この信仰2世の定義とは色々言われているが、広義の意味では

「親が祝福を受ける前に生まれた子供・片方の親は信者だが片方は信者ではない家庭で生まれた子供」

実はこの信仰2世という立場は時代や家庭の環境によってかなり経験が異なってくる。

私の場合は私が物心つく前に母親のみ入信、父親は反対。

父親の反対が幸いしてか、家庭内で母親が私に無理やり信仰を強制してくることもなかったし、物心ついてからは無理やり教会に連れていかれることもなかった。


以下の図は、有志の方がこれまでに収集してきた情報をまとめてくれたものだ。

(ご本人より、画像の使用はご自由にどうぞとの伝言あり)

※あくまで、ツイッター等で収集できた情報より作成してもらっているため、ここに厳密には当てはまらないパターンもあるかもしれないが、その辺は近いもので考えてもらえると幸いです。


ちなみに、私のパターンはビデオセンターには行っていたため、BとCの中間くらいと考えてもらえるとしっくりくると思う。

つまり図の説明にあるような山上被告に近い環境でもあった。

図でも説明をしてくれているが、自分の立場は教会内では「サタンの血統の子」と呼ばれる立場になる。

統一教会独自の呼び方はこの「血統」の設定によるものからくるものである。

外から見たら皆「宗教2世」扱いになるとは思うが、統一教会に関してはこの「血統」によってそれぞれの立場のアイデンティティに悩まされることがあるため、たかが呼び方されど呼び方となってしまうのが、統一教会の特徴でもある。


家族に内緒で信仰する信者はどんな特徴があるのか

まずわかりやすい特徴としては「家族に隠す」である。

家族に(特に夫に)隠すが、子供には共有するのも一つの特徴でもあるだろう。

全部が全部とは言えないが、長子がその立場になると言う声も度々聞こえてくる。

私自身もそのパターンであり、家族の中で母の活動を知る唯一の存在でもあった。

先にも述べたが、隠して活動をしているので家庭内ではあからさまに宗教行事(訓読や敬拝等)をすることはなかった。

また、経済面でもあからさまなことはできないため、わかりやすい貧乏生活というのは我が家ではなかった。

内緒で活動のため、内緒で母のみ韓国の修練会に数回参加。

それを私だけが知っているという状況もあった。

当然内緒なので、献金絡みでまとまったお金が必要になったときは父のお金は使えないため、度々借金に手を出した。

結果、返済に私が巻き込まれるという被害に繋がってしまったのはここ10年以内の出来事だ。

もちろんこの時も父には相談できず、私が1人で全て対応したという苦い記憶がある。


見落とされがちだが、母親が内緒でやっているということを知らされている子供、教会には通っていない子供というのは教会側の人とも、外や家庭内でも誰とも思いを共有できないというのも特徴であると思う。

(これは両親共に信仰、自分は信仰していない家庭や、子供に限らずきょうだいや配偶者が信者という家庭でも同様な状況ではある)


今になって現れる苦悩

以下の図は有志の方より拝借。

この中のものからだと私の被害や苦悩は、2(に近い)、7、13、15が近いだろうか。


親の献金・借金問題に巻き込まれた立場でもあるが、実は今になって自分の苦悩として出てきたものがある。

私自身、ビデオセンターに行ったりみことばを読んでいたりなど、多少の教義についての知識はあったが、修練会参加も一泊二日のものに1回参加した程度だ。

信仰心はもちろん全くない。

恋愛に関する締め付けは表立ってわかりやすくはされなかったが、

「純潔は守ってね。でもあなたはそういうものに興味がないもんね」

と暗に圧力をかけてくるようなことは度々言われていた。

当然私が祝福を受けることを望んでいたのだ。


2022年7月以降たくさんの情報をインプットすることが増えた。

私自身は信仰心などなかったことから、統一教会の思想に染まっている自覚は全くなく生きてきた。

そう思っていたのだが・・・。

新たに得た知識によって、実は母親から受けていた思想や価値観がほぼ統一教会のものかもしれないということに今更ながら気づいてしまった。

本来であれば教会から離れる時に多くの2世が抱える苦悩だと思う。

しかし私の場合は信仰がなく、教会にもほぼ通っていない立場だからこその「今」の苦悩につながるのである。

母の価値観を全部否定するつもりはない。

ただ、統一教会の教義の中に、血統という区別の教義があることに私自身は強い拒否感を覚える。

教義全てを否定するつもりはなかったし、是々非々で考えたいとは思っていたものの、「自分はサタンの血統の子と呼ばれる立場だったんだな」と改めて認識してしまったこと、母はその血統をどうにかしたくて家族のために色々やっていたのだろうと認識してしまったこと、家族を信者にできない母が教会内ではヒエラルキーの下の立場であったかもしれないということ。

(血統やサタンの血というのは自分自身は信じていないが、そう見られていた・母はそれを信じていたということにショックを覚える)

色々なことがわかった今、それら全てをどう受け止めたら良いのかわからずに考え込むことが増えてしまった。

また、どれが統一教会の価値観なのか、どれが一般的な価値観なのか、自分の中にある価値観に混乱が生じてしまった。

本来、教会から離れる時に多くの2世たちが通る道を、統一教会に関わらなくなってから20年経っているというのに今更ながら直面しているのだ。


とある方からは「そこに気づけたことは良いことだよ」と言われた。

生きづらさの原因だったとわかった今、これからどう乗り越えるべきか。

苦悩や葛藤との付き合いはまだまだ続くことになる。


井田 雫

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