エホバの証人二世の体験談(三十路ハーフ女)/宗教二世というマイノリティが存在すること、もっと知ってもらいたい

私の母は私が生まれた頃にエホバの証人(以下JWとします)に出会い、今でも熱心に信仰しています。私自身は16歳の頃バプテスマを受けましたが、10代後半で上京したタイミングで教団からフェードアウトしました。


今は教団とは一切関わりはありませんが、母がまだその宗教を信じていることで、母から信じないと縁を切ると言われたり(宗教は信じられないけどたい、母とは縁を切りたくない。どうしよう..)、一部の人達から敬遠されたり(気持ちは解ります、宗教って怪しいですもんね😥)、結婚する時にもめたり、悩みはつきません。


私のような宗教二世は、好きでこの宗教を信仰している親のもと生まれてきたわけではないのに、たまたま親がこの宗教に出会ってしまっただけなのに、親からは信仰を強要され、世間からは敬遠されたり冷ややかな目でみられたり差別されたり、生きづらさを感じながら生きていかないといけないなんて悲しいです。


親の宗教で生きづらさを感じながら生きることを余儀なくされる、「宗教二世」というマイノリティも存在するということ、もっと多くの人に知っていただくきっかけになればと思い、最近Youtubeへの動画投稿を始めました。お時間ある際にこちらも併せてご覧いただけましたら幸いです。


https://www.youtube.com/channel/UCP_Mduka6y3Owzlrihxg3ZQ/videos

今日は私がJW二世として、これまでどのような人生を送ってきたかについて体験談をお話致します。


<母がJWにハマったきっかけ>

私の母はフィリピンの田舎育ちで、5人兄弟の3番目、父親は母が9歳の頃になくなり経済的にかなり苦しかったそうです。長女に学費・生活費を援助してもらい大学に行ったものの、長女が妊娠し働けなくなったので泣く泣く退学、絶望していたところ、日本人の農家とお見合いするプログラムに参加し、私の父と出会います。


家族の反対を押し切って半ば駆け落ちのような形で日本に嫁いできたものの、文化の違いや姑とのバトル、言葉が解らない国での初めての育児で参ってしまいます。そんな絶望の中、JWが英語を話せる信者を連れて布教活動で家を訪れ、以降母はJWの教えにのめり込んで行きます。


<私自身がJWにハマったきっかけ>

小学校時代はいやいやJWの教えに従っていました。学校で校歌国家歌うな、友達の誕生日におめでとうと言うな、七夕やクリスマス関連の行事は参加するななど、世間の常識からかけ離れたJWの教えを守るように言われていましたが、学校で浮いてしまうのがどうしても嫌で(フィリピンハーフということだけでもう十分浮いているのに...!)、母の前では従っているふりをして、学校では「バレないからいいや」とダメとされていることも全部やってしまっていました。


中学時代、なぜか毎日酷く憂鬱になり、保健室登校をすることになります。弟の一人も学校に行かなくなっていました。見兼ねた母が、私たち二人をフィリピンの親戚の元に送ります。


私は当時英語もタガログ語も話せず(フィリピンは授業や教科書は英語、日常会話はタガログ語)、テストはいつも0点だし、生活に苦労していたところ、母の差し金で日本語の話せるJW信者が家を訪ねてきます。久しぶりに日本語で話せて嬉しかった私はその信者に心を開き、週1で聖書研究(教団の出版物を使ってJWの教えを学ぶ)をスタート。次第に週3回の教団の集まりに欠かさず出席するようになり、奉仕活動にも参加するようになり、宗教活動にのめり込んで行きます。


JWは嘘をつくことは罪とするし、悪口など他の信者がつまづくようなことはしないのでJWの集まりは本当に平和です。フィリピンの信者は若者も多く、学校のようで楽しかったです。徐々に教団の集まりが自分の居場所になっていきます。


私は16歳でバプテスマを受けます。私に続いて祖母や親戚もバプテスマを受けました。


<どのようにJWを離れたか>

高校で日本に帰国した私は東京の高校に編入します。


はじめは地元から通っていましたが、遠くて大変だったので途中で東京で一人暮らしを始めます。一人暮らしをして世の楽しさに気づき、世の(信者ではない)友達ができ、世のボーイフレンドができ、次第に教団の禁止事項が守れなくなりました。


これまで欠かさず出席していた集会には全く顔を出さなくなり、布教活動にも参加しなくなり、信者の人もシャットアウトするようになります。東京に逃げていた為、教団の信者たちが訪ねてくることもなく、母とも物理的に離れているので、自由に生活できていました。


<まだ問題は山積み>

私は今三十路ですが、10代後半で教団からフェードアウトして以降、教団の教えには全く従わず、母の前では守っているふりをするという二重生活をかれこれ10年以上続けています。母は私が教団の教えを守っていないこと、今も知らないはずです。批判されてしまうかもしれませんが、物理的に離れて暮らしているのでバレないのです。


母は今でもしょっちゅう電話でエホバの道に戻るように説得してきます。JWの出版物(ものみの塔や目覚めよ)も送りつけてきます。ハルマゲドンがきて信者のみが助かると本気で信じているので、母は私が滅びるのが嫌なのです。そう思うと心が痛みます。母は私のことを愛しているからこそJWの教えを強要している。それは解っているけど、そのせいでこれまで辛かったし、JWの教えは信じられない。もう信じていないと言いたいけど、そう言ってしまうと縁を切られてしまう。未だどうして良いかわからず、二重生活を続けています。


JWでは、掟を守れず追放された人を「排斥者」と呼び、自分から望んでJWを離れた人を確か「断絶者」と呼びます。信者は、例え家族だろうと友達だろうと、排斥者と断絶者を避けなければなりません。一切関われなくなるのです。


私は、掟を破っていることは母や教団には知られていませんし、自分から「もう信じていない、JWから離れる」ともまだ宣言しておらず、ただ「不活発」な状態と見なされています。母は私が集会などに参加していない不活発な状態にあるものの、またいつか戻っている可能性があると思っています。


母を騙していることは非常に心苦しいのですが、自分の人生自由に生きたいのです。母と縁は切りたくないけど、自由に生きたい。親の宗教は信じられないけど、そう言ってしまうと縁を切られてしまう。それは嫌なので宗教から抜けられない悩む二世信者の方は他にもいらっしゃるのではないでしょうか。


また、私は昨年信者ではない人と結婚したのですが、かなり揉めてしまいました。信者ではない人との結婚は禁止だからです。しかし、夫も信者になる可能性があるならと無理やり黙認してもらいましたが、夫にそんな気はさらさらありません。結婚は本当は幸せなはずなのに、悲しいです。祝福して欲しかったです。結婚式にも来ないと言っているので、結婚式に親が来ないと思うととても辛いです。夫のご家族や親戚の目もあるし、とても辛いです。


<最後に>

私はこれまで宗教二世で同じ境遇の方とお会いしたことが一度もなく、一人悩み苦しんだことも多々ありました。ある日この宗教二世ホットラインを知り、同じ境遇の方が沢山いることを知り、一人ではないと勇気付けられたので、私も同じく体験談を書かせていただきました。


また、宗教二世ではない方々も、宗教二世というマイノリティが存在することをもっと知っていただけたら良いなと思います。宗教二世がもっと生きやすい社会になることを願います。


<ご参考>

Youtubeに同様の体験談をあげております。今後もYoutubeなどで情報を発信していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。






#エホバの証人 #家族との関係 #体験談













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