エホバの証人によって心が引き裂かれた過去の私へ、少し回復した今の私から伝えたいこと

最終更新: 2020年5月6日





はじめまして。元エホバの証人2世のかりかり梅と申します。

ご存じの方も多いかもしれませんが、エホバの証人はアメリカ発祥の宗教で「jehovah's witnesses」というので「JW」なんて略されたりもします。

今日は過去の自分へ向けて、今の自分から伝えたいことを書きました。

なぜ自分あての文章をわざわざ公表しているかというと、宗教2世として育てられ、そこから離れたもしくは離れようとしている人へ、同じような体験をしたかもしれない私からお伝えできることはないかなと思ったからです。

でも当然私とあなたでは経験も感じ方も違う。

最初に覚えておいていただきたいのは、これは私が私に向けて書いたものなので、見ず知らずのあなたを想定しているわけではありません。

でも、まったく共通点がないわけでもない。

一番信頼したいはずの家族からの忌避、これまでの教育とはまったく異なる世界の価値観。

0どころかマイナスからのスタートでも、大人になってしまった以上は社会人として毎日生きていかなければいけない厳しさ。突然放り出された世界。

ごく普通の家庭で育った人には到底理解されない苦しさや悲しみを、これまで経験してこられたと思います。

私も自我が芽生えた中学生くらいからずっと、心がずたずたにされるような経験をしてきましたが、最近は少しずつ心が落ち着いてきました。

そんな私の話を、よければ聞いてください。




「わからんやつは何言ってもわからん」と言い切った社長

以前在籍していた会社は、社長がコピーライター出身だった。

私はその社長のコピーが大好きで、尊敬していた。していた、というか今もしている。

その会社を辞めて10年ほど経つが、Facebookでもいまだに私の投稿に「いいね」をつけてくれるその社長は、今も社員たちの心をがっちり掴んでいると思う。

その社長の口癖は「わからんやつは何言ってもわからん」だった。

私は最初その言葉を聞いたとき、その言葉に込められた投げやりさが意外だった。

でも、今はその言葉の意味がわかる。

広告業の人はきっとすぐわかると思うが、ライターというのはターゲットのことを考え抜いて考え抜いて、どうしたらその心に届くのかを探る。

寝ても覚めてもそのことを考え続け、ターゲットの心理や背景を探り、言葉を山ほど考えて一番心に到達するものを選び抜く。

「わからんやつはわからん」とは、いつも相手の立場に立って心を砕いて言葉を選ぶ社長だからこその、重みのある言葉だったのだ。



今も現役エホバの証人の母親について

社長とは対照的だが、うちの母親は思ったことをすぐ口にする。

普通の人は、印象的な言葉を心に留めておいて、自分の経験や知力を用いてそれを統合するとか、捨て置くということを頭の中ですると思うのだが、うちの母親はそういうことができなかった。

加えて恐怖のスピーカー女だったので、衝撃的なことがあるとすぐ「ねーねーねーねー聞いて」となる。

子どものころは、この母親の依存体質が心底苦痛だった。

自分が処理しきれないことをすぐ子どもに投げつけてくるので、不安で仕方ない。

それは、宗教内部の異常な人間関係についてであったり、夫婦の問題であったり、性についてであだったりで、大人だってまともな人なら裸足で逃げ出したくなるような話題だった。

当たり前のことだが、子どもというのは脳が未発達なので、周囲の大人はそれを考慮する必要がある。勉強や習い事と同じように、感情面でも発達段階に配慮することは当たり前のことだと、自分の子を育てるようになった今は思う。

でも毒親であるうちの母親は、いつまでもそれがわからないようだった。

もう70になるが、いまだにわかっていないだろう。



大人になった今、思うこと

今は断言できるが、子どもが親の面倒を見るべきではない。

まずは親が、子どもの発達面であれ生活面であれ必要なものの面倒をみるべきなのだ。

誤解をおそれず言うと、子が親の世話をする必要はない。

でもこんな当たり前のことが、「わからんやつはわからん」のだ。今思うと。

こんな親を持って、私にも今までいろんな葛藤があった。

例えばうちの母親は、小学校低学年のときに父親を亡くしている。

当時珍しく運送業を営んでいた祖父は、末っ子の母親を大層かわいがっていたと聞く。

しかし一転、極貧母子生活になった母親の悲しみは想像できる。

私が母親を癒してあげないととか、母親にいろんなことを教えてあげようとか、母親なりに家族を愛していたとかいう考えにすがりつきたくなったこともたくさんある。

重症になってくると、親を客観視している人を攻撃したくなってくる。

こういう理解には多分段階があって、まずは客観的に事実を理解しないと次には進めないと思うのではっきり言うが、こんなのはしょせん甘っちょろい考えだと思う。

自分が、母親に向き合って愛してもらえなかった怒りや悲しみが処理しきれなくて、なんとか自分をだましているのだ。

でも、脳というのはすごくて、実は本当のことを誰よりも知っている。だって当事者だから。

だから関係ない人のたった一言に不必要にキレてしまったり、病気になってしまうのだと思う。

私は会社勤めをしていたころ、同僚の陰口を言ったりアル中の一歩手前までいったり、心の病気になったりした。精神的にぱつんぱつん状態である。

でもそれは、私がある面で自分を甘やかしていたせいだと思う。

母親は話せばわかるとか、私を愛しているんだとか、母親にもどうしようもない理由があるのだとかいったことで、自分をだましていたからだ。

でも、本当はエホバの証人は金もうけの手段にたけたアメリカ発祥の一宗教で、母親は子供を精神的に食い物にする卑怯な人間だと認めないといけなかった。

余談だが、エホバの証人は寄付を要求しないのでお金が目的の宗教ではないと言われることがあるが、私はそうは思わない。

エホバの証人のシステムは本当によくできていて、金持ち連中からはがっぽり寄付を受けている。

じゃあどうして金持ち連中が気持ちよく寄付するのかというと、末端の貧乏人が金持ち連中に従順や敬意といった精神的な犠牲を払うからだ。

これらは人間の基本的な欲求を満たすもので、それに飢えている人間は世の中にわりといる。

だからエホバの証人の組織は、うまく回っているのだと思っている。

あなたも宗教から離れたときに、教理のおかしさを親に伝えたいと思ったかもしれない。

私はそうだった。だから母親に手紙を書いたし、言葉で誠心誠意伝えた。

でも無駄だった。

母親は口では真理を愛すると言いつつ、目的は全然別なところにあったからだ。

そんな経験を経て今私が思う「わからんやつは何言ってもわからん」。

あなたはどうですか?


かりかり梅


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