『人生の意義は?』から『意義のある人生にするためには?』へ

最終更新: 2月24日

人生の意味ってなんなの???

宗教2世に生まれるとさ、まだ分別のつかない幼い時から『人生の意義』ってやつを親から刷り込まれるんだよね、有無を言わさず。


神仏のため、教祖のため、世界を救うため、天国へ行くため、罪を償うため、悟りを開くため...


ある時ふと、『本当にそうなのかな?』って疑問に思って宗教的世界観や価値観が崩れ去ってしまうこともあるんだけどさ、、、そうすると『人生の意義』も崩れ去ってしまうんだよね。


これがむっちゃ大変なんだよ。だって『人生の意義』が無くなっちゃうんだよ!まじで!


私の場合はまず恐怖のどん底体験。


神の願い通りに生きるのが人生の意義

うちの宗教だと『神の願い通りに生きて天国へ行く』が大まかな人生の意味なんだけど、そのために一生懸命に教祖様の言う『神の願い』通りに生きてきたんだよ。このまま天国行くはずなのがある日突然消滅してしまった。


いつでもフワッと自由落下しているような、暗黒底無しの穴に吸い込まれるような感覚がしょっちゅうするんだよ。今まで生まれてこのかた存在した『行動規範の核』『私の生きがい』が無くなって立っていられなくなるぐらいなんだよ。


生きて死ぬだけと知っている世間一般の人たちはどうして狂わずにいられるのか?なぜ全てを投げ出さないのか?


そして必死で代わりとなる『人生の意義』を探したんだよね。なんのために生きてるのか?生きてなんか良いことあるのか?『神のため』という絶対的な人生の意味があったんだけど、『絶対的な神』がいなくなってしまうと、どれだけ探しても『絶対的な人生の意義』ってのが無いんだよ。


愛のため、好奇心のため、家族のため、欲望を満たすため、自己実現のため?


科学も他の宗教も哲学もいろいろ漁ったんだけど、なんか違うんだよね。これだ!っていう決定的な人生の意味に出会えないんだよ。


そしてニヒリズム自暴自棄の波が押し寄せてきたのよ。どうせいくら頑張っても何も残らない、人生に意味がないのだから。


もうぜんぜん意欲が無くなって、どうでも良くなって、人生つまらなく、趣味とかも楽しめなくなって、惰性で生きながらいつも


『人生の意味って何なんだろうね〜』っていつでもいつまでもぐるぐる考えちゃって…


行きついた所は


『人生の意義が何なのか?と問うよりも意義のある人生にするにはどうしたら良いか?と問う』


という答えだったのよ。無いものをいくら探しても無いんだからしようがないよ。どれだけ嘆いてもそれで楽しい人生になるわけではないのだよね。それよりは如何に意義のある人生にしていくか?って考えた方がよくない?


意義のある人生って?

意義のある人生?って何だろう?何でもいいんだよ、そんなの。道端に生えてるたんぽぽを切って花瓶に刺して部屋に飾るとか、そんな小さな事なんだよ。週末に食材揃えて美味しいお好み焼きを作ったりとか、疎遠になってた友達に電話してだらだら話すとかさ、そういうこと。今よりもっと意義のありそうな人生になるんだったら何でもいいの。


そういう所を通過して、宗教2世は普通の人に戻れると思うんだよね。


だから私は美味しいコーヒーを淹れて雪の積もる庭を眺めながら『少しは意義のある人生になったかな?』と自問するよ。


Tea




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