「あなたの魅力を必要とする人がいる」

最終更新: 2020年5月6日

私たちは、自己肯定感不足で他人を傷つけてしまうことがある、と1番に伝えたい。

声を大にして伝えたい。

もし大切な人が心を開いてくれた時、自己肯定が出来ていないと無力感に苛まれて逃げ出してしまうから。これ物凄く後悔した。

友人に「いい加減にしろ」と叱られるくらい後悔しても後悔しきれなくて、まだ忘れられずにいる。忘れてしまった方が楽だろうけど、自分の思考回路を把握するのに役立つような気がして、まだ忘れられずにいる。

女々し過ぎるのだ。新たな出会いを求めた方がいいのだ。

それでも平凡な幸せを感じるたびに後悔する。あの子の苦しみを受け入れてあげることが出来たなら。見守る決意が出来たなら。数え切れないくらい振り返った。


これを読んでいるあなたにはそんな思いをしてもらいたくない。だから書き残す。



創価3世の32歳、彼女いない歴=年齢。

女性に苦手意識は無く、むしろ年齢を重ねるにつれて女性のほうがしゃべりやすいと思うくらいになっていた(特に年配女性)。幼少期は創価のおばちゃんに囲まれて育ち、社会人になってからも小売業経験が長かったことが女性とのコミュニケーションに抵抗がない理由だと思っている。

高校時代から友達以上の関係になることは何度かあったものの、いつもうまくいかなかった。大学時代には女性の方から告白されたものの、断ってしまう。社会人になってからも何回かお付き合いするチャンスはあったが、最後の一歩でつまずく。

これまでの私は彼女に求める絶対条件として、「心身ともに健康な人であること」があった。思えば近づいてくる女性は家庭不和を打ち明けて来る方ばかりで、その話を聴くのが苦しくて仕方なく、理由をつけて離れるようにしていた。しかし振り返ると心身の健康と家庭不和には密接な関係があるとは限らないのではないか。




何故家庭不和の女性を避けてきたのかを振り返ったとき、いつも「手に負えない女性を捕まえてしまった」という感想を持っていた。そこには自分だけでは解決出来ない悩みへの無力感と、解決しなきゃ相手の役に立てない、愛情を注げていないという考えがあったのだろう。

自分の弱いところは決して見せられなかった。こっちだって辛いことばかりで、相手の女性に打ち明けたかった。でもそれは出来なかった。信頼できる人だからこそ弱みを打ち明けられるって気付かなかった。支えあって生きていくってそういうことだったのか。こんなことも30歳を超えてから気付いた。

その根拠は間違いなく創価の愛情表現で、誰かを祈ること、世話を焼くことに溢れ、逆に見守ること、安心させることといった視点が抜け落ちたもの。自分が頑張っても「祈りが叶ったね!」「本尊に守られたね!」「創価の子は頑張るんだよ!」と言った表現に溢れていた。そんな環境で創価家族の一員として育てられた。

きっと深層心理では家庭不和の女性を求めていたと思う。いくらでも祈れるし、世話を焼けるから。典型的な共依存男。しかし女性と近づける時は決まって信心から離れている時。真面目に活動し始めると会合優先になって女性を口説く余裕が無くなるから。上手くいかないものだ。





もっと言えばなぜ私はいつも打ち明け話を聴かされるのか。大学の頃から聞き上手と言われることばかりだったが、実感が無かった。ある時友人と酒を飲んでいた時、「カウンセラーみたいな会話の仕方をするね」と言われた。相手の喋りをさえぎることが無いし、内容を否定することも無いからという理由だ。カウンセリングに通っていたのでカウンセラーの会話の仕方に注目していたら、友人に指摘された通りだった。そりゃあ打ち明けたくなる相手だな。

カウンセラーみたいな話し方って折伏を成功させるために身に付けたような気がしている。昔から折伏に対してはモヤモヤがあって、自分が教義を理解する前に折伏することが嫌だった。教義を理解してから折伏するか、逆に折伏を通して教義を理解するかで先輩とよく揉めた。だからなのか分からないけど、折伏する時は相手の立場や状況をキチンと聴いてからじゃなきゃいけないと思っていた。だけど折伏も一人しか成功させていないし、教義の勉強も適当だった、本心では迷いながら信心していたんだ。

なんだ、打ち明け話を聴かされても何もする必要はなくて、ただ隣に居てあげれば良かったのか。友人からアドバイスをもらって1年かけてやっと消化できた。「あなたが生きているだけで嬉しい」と伝えれば良かったのか。創価の中じゃ「あなたが何かをしてくれて嬉しい」「創価だから凄い」っていう褒められ方ばかりだったからな。ホントは嫌だったんだよな、そんな褒められ方。

世間では努力を認めてくれる人の方が多い。例外も目立つけど。本心では凄く嬉しかったんだろうな、いつの間にか他人の長所を見つけることが好きになった。残念ながら自分の長所を見つけるのは遅くなったけど。それと人間には誰しも天性があって、頑張るほど上達していける何かがある。私の場合はそれが傾聴力だった。得意なことは得意なこと、胸を張っていいのだ。

人格や努力を褒められると怖くなる時がある。自分は努力不足だと思い込むこともまだまだある。それでも褒め言葉を素直に受け取れる私でありたい。好意を素直に受け取れる私でありたい。


高速シンカー



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